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今年以降、慰安婦問題はどうなるのだろうか。慰安婦問題に関する報道は日本でも、韓国でも下火になっているように見える。なぜだろうか。これまでのこの問題に関する動きをたどりつつ、これからの動きを展望したい。
慰安婦問題の構図が大きく変わってきている。これまでの構図は、韓国側が20万人従軍慰安婦強制連行説(以下慰安婦言説とする)を唱え、日本側は、自虐派(慰安婦言説を肯定する人々)を除き、これに反駁するという韓国VS日本の構図だった。
ところが、韓国側に、慰安婦言説を否定する人々が目立ってきたのだ。
古くは朴裕河が「朝鮮人女性を騙したり、脅したりして慰安婦にしたのは朝鮮人周旋人」だったという趣旨のことを述べた。
李栄薫はもっと踏み込んで、朝鮮人慰安婦は20万人などではなく、最大でも5000人程度で、貧しい親たちが金銭を得るために朝鮮人周旋人に引き渡されたが、決して性奴隷などではなく、なかには、ダイヤモンドを買ったり、家や土地を買ったりするなど成功したものもいることを明らかにした。
柳錫春は延世大学校の授業の中で「挺対協が、日本軍に強制動員されたと証言するように、元慰安婦らを教育した」「挺対協の役員たちは統合進歩党の幹部であり、挺対協は北朝鮮と連携しており、北朝鮮に追従している」と発言し、名誉棄損で訴えられた。
金柄憲国史教科書研究所長は元慰安婦たちの証言集を丹念に読み去年出版された『赤い水曜日』で彼女たちの証言に虚偽が多いことを明らかにした。もともと慰安婦言説を裏付ける歴史資料はなく、元慰安婦の証言だけが根拠とされていたので、これは慰安婦言説の根幹を揺るがすものだ。
もちろん、韓国側にこのような慰安婦言説を否定する人々がでてきたからといって、韓国の一般国民がもはやこの言説を支持しておらず、この問題で日本政府に対する非難の態度も変えたとはいえない。にもかかわらず、昨年の後期から、慰安婦言説に関する韓国メディアの報道量は減少しているし、論調も穏やかになっているのはたしかだ。
つまり、もはや慰安婦問題に関して韓国VS日本という対立の構図はぼやけてきているのだ。これに替わって今年以降鮮明になっていくと考えられる新しい構図は、韓国・日本VS北朝鮮だ。
昨年2022年の8月に私とハーバード大学法学院教授マーク・ラムザイヤー教授の共著になる「慰安婦:北朝鮮コネクション」を国際的名門学術誌出版社エルゼヴィアから出版・配信された。2023年1月15日現在で、7100回以上のダウンロードがあり、要旨の閲覧数は2万5200にのぼった。研究者や大学関係者ならわかるが、これは47頁の長さで註釈も234ある純粋な学術論文としては驚異的な数字で、世界における反響の大きさがわかる。
それもそのはずで、内容が極めて衝撃的だった。論文はミサイル・核開発から目をそらし、大韓航空機爆破事件と日本人拉致問題で日本と韓国が共同路線をとることを防止したい北朝鮮が作り出した日韓離間プロパガンダだったことを明らかにした。つまり、慰安婦言説は捏造されたものだということだ。
これに対す韓国メディアの反応は驚くべきものだった。まったく攻撃しないばかりか、中央日報などは論文に好意的ともとれるコメントを掲載した。(https://japanese.joins.com/JArticle/294508)ラムザイヤー教授が「太平洋戦争における性契約」を発表して慰安婦言説を否定したとき、韓国メディアはこぞって激しい誹謗中傷を行い、私が彼を擁護する記事をデイリー新潮に連載したときも、同じことを繰り返した。
彼らは、今回は私たちに刃を向けなかった。慰安婦言説を否定しているものの、慰安婦問題を韓国・日本VS北朝鮮という構図で捉えていたからだろう。
もちろんこれには韓国側の事情もある。2020年5月に正義連(もと挺身協)代表の尹美香が元慰安婦のために集められた寄付金を横領・流用していたことが発覚した。また、尹が2015年の日韓の慰安婦問題に関する合意について、事前に彼女は説明を受けていたにもかかわらず、元慰安婦たちにはそれを伝えていなかったことも判明した。元慰安婦たちが日韓合意について説明を受けていなかったという理由で文在寅大統領が合意を破棄したのだから、彼女は日韓の離間をはかったことになる。
その尹が夫などとともに、北朝鮮とコネクションがあることは、以前から知られていたが、寄付金の横領と離間工作で、改めて大きく問題視されることになった。尹は詐欺と横領の罪で起訴され、所属していた「共に民主党」から除名処分を受けている。裁判で有罪が確定すれば議員資格を失う。
韓国側は、元慰安婦の証言が、挺身協によって変えられたものだということを認めつつある。そして、尹と挺身協は必ずしも元慰安婦のため、そして韓国のために、日本政府に厳しい姿勢をとってきたのではないと気付き始めている。韓国というよりは、自分たちの経済的利益のため、そして北朝鮮のためだったのではないかと疑念を抱くに至っている。
2022年3月、日本に対して宥和的姿勢をとる尹錫悦政権が生まれた。これまでと比べての話だが、韓国は日本に歩み寄り始めている。その一方で、北朝鮮はこれまでにない頻度でミサイルを発射しつづけ、日韓に脅威を与えている。
現在、日韓は、慰安婦問題に関して対立を深めていく状況にはない。むしろ問題なのは、日本政府が慰安婦言説に基づいた河野談話を頑なに守ろうとしていることだ。いいかえれば、韓国側さえ信じていない慰安婦言説を日本政府は否定せず、それがために世界のどこかに新しい慰安婦像が作られるのをどうすることもできずにいるということだ。(敬称略)
筆者:有馬哲夫(早稲田大学教授)